自筆証書遺言と公正証書遺言(13)

    付言について

  パパさん、今日はどんなお話をしてくれるの?

 

 そうだねー。それでは付言について話してみようか。

 

 「付言」ってな~に?。 あまり聞き慣れない言葉だけど!

 

 確かに、あまりなじみのない言葉だね。「付言」という文字からも分かる通り、「付け加えられた言葉」という意味になるわけだ。つまり、遺言の内容そのものではないけれど、遺言と共に書いておくもので、その人の心情を吐露したものだ。
自分はどうしてこのような内容の遺言を作ったかということなどをだね。しかし、遺言を書く場合、これが極めて大きな力を発揮することが有るんだな。必ず書くといいね。

 

 ふ~ん! 何だかわかったようで、いまひとつよくわからないよー。

 

 それでは、山川太郎さんという還暦を過ぎた、仮の人物が遺言を作るということを想定して、付言を例示してみようかな。

 

 お願いしま~す。

 

 この遺言を作成するに当たり一言申し添えます。遺言者山川太郎は昭和20年1月1日に東京深川で出生しました。
太平洋戦争の末期で、東京大空襲の戦火の中を両親の庇護のもとに九死に一生を得て生き延び、これといった病気もせずに今日まで過ごすことができました。この間、心優しい妻花子と結婚し、健康で親思いの4人の子どもと利発な孫にも恵まれ、何不自由なく生活できることを、本当に有難いことであると思っております。
私も年が明ければ満65歳になり、いよいよ高齢者の仲間入りをすることになります。まだまだ元気ではありますが、これを機に、自分の財産関係を滞りなく相続させるためにこの遺言書を作成することにしました。
本文にあるとおり、妻花子に土地と家屋を相続させたのは、これまで良く私に尽くしてくれた内助の功に報いるためです。
長男一郎には、他の3人よりも預貯金の中から多くを相続させましたが、それは一郎が高校卒業後私たち夫婦と同居して、私の事業を手伝ってくれており、また、何くれとなく生活上の面倒を見てくれているからです。
嫁の春子さんも気立てが優しく、真の娘のようで、これからも同居して私たちの世話をしてくれるとのことですので、その行為に報いるためでもあります。次男二郎については、大学進学時の入学金や授業料を負担した他、いま住んでいるマンションを購入する時にも頭金の一部を贈与しており、他の兄妹とのバランスを考えて本文にある通りに分けました。
嫁の夏子さんと仲睦まじく、幸せに過ごしてください。嫁いだ長女秋子、次女冬子につきましては、秋子の時には、社会的不況のあおりを受けて、私の事業が思わしくなかったため、希望する大学進学も断念させざるを得ませんでしたが、冬子の時には、景気も回復し本人の希望する進学を実現させてあげられました。
それらを考慮して本文にある通りに分けることにしました。
二人とも夫と仲良く暮らして、悔いのない人生を過ごしてください。
私がこのように財産分けをしたことについては、私なりによくよく考えてのことであります。
子どもたちにはそれぞれ思うところもありましょうが、お母さんを助けて、決して財産争いなどを起こさないようにして欲しいというのが、父のたっての願いです。
 なお、この遺言執行者には、行政書士の茂原英記氏を指名しました。相続人及びその関係者の皆様には、円満に、そして速やかに相続手続きができるよう、遺言執行者への協力を心よりお願いし、付言といたします。
これまで本当にありがとう。

 

 なんだか、ジ~ン! ときちゃうね。

 

解説

    単純承認・限定承認・相続放棄(その3)


 1.  相続放棄とは、相続人が相続によって得られる権利と義務の承継を全面的に拒否することです。ちょっと硬い表現になってしまいましたが、言葉を変えて言えば、相続人の立場にある人が、自分は相続人になりたくないと、その地位を捨て去ってしまうことです。相続放棄は複数の相続人がいる場合でも、単純承認と同様に個人個人が独立して行うことができます。
この点で、相続人全員でしか認められない限定証人と異なるところです。

 2.  相続放棄は家庭裁判所に申し立てをして受理(承認)されなければ効果は発生しません。
単に相続人同士で「自分は相続を放棄する」と宣言しても、それだけでは認められないのです。確かに相続人全員の合意が得られれば、当事者間では放棄したのと同じ効果を得ることが出来るかもしれませんが、第三者に対しては何の権利も主張できないことになります。ですから、被相続人に負債(借金)があった場合、その返済義務を免れることは出来ません。
 次に、家庭裁判所への申し立ては自分が相続人であることを知った時から3カ月以内に行わなければなりません。
3カ月はその期間中に単純承認をするか、全員で限定承認をするか、或いは相続放棄をするかを良く考えて選択すべき期間であることから、「熟慮期間」と呼ばれています。つまり、相続人が相続開始の原因である事実の発生(被相続人の死亡)を知り、更に、自分が相続人であることを認識したときから3カ月を起算するというものです。自分が相続人であることを知らないままに期間計算がなされますと、熟慮することが出来ないことになってしまいますので、民法はそのように規定しているわけです。

 3.  相続放棄の実益として、このような例がありました。事業の資金繰りが滞り、多額の借財を残して逝去された方がおりました。その方には妻と3人の子供がおりましたが、次男の方が何かご事情があったと見えて、音信普通の状態が長く続いておりました。貸主は当然相続人である妻と長男及び長女に返済を迫りましたが、3人は3カ月以内に相続放棄を裁判所に申し立てて認められ、返金を免れておりました。
貸主はなおも二男の居場所を探し当て、その人にかなりの蓄財があるのを確認すると、返済を迫ってきたのです。
その時には父親の死亡から既に1年以上の月日が経過していたので、熟慮期間の3カ月はすぎていたわけです。
その二男さんは困って知人の行政書士に相談を持ちかけました。その書士は二男に、いつ父親の死亡を知ったのか尋ねましたところ、二男が言うには、これまでの事情があって親兄弟とは音信不通の状態であったため、貸主からの催促の時に父死亡の事実を知ったと答えました。
それならば、例え1年以上経過していても、父親の死亡を知った時から3カ月が起算されるので、すぐに家庭裁判所に相続放棄の手続きを取るよう促し、それによって難を逃れることができました。もしその時に放棄をしていなければ、借財が高額であったために、その二男は自分の預貯金はもとより、土地と家屋をも処分しなければならない事態に陥っていたことでしょう。相続放棄はこのような時に強い切り札となるのです。

 4.  相続放棄をすると、放棄者は初めから相続人ではなかったものとみなされます。ですから、一人が放棄すると相続財産は他の相続人で分けることになります。第1順位の相続人全員が放棄したとすると、第2順位の相続人に移行し、そこでも全員が放棄すると、第3順位の相続人に相続権が移ることになります。また、相続放棄者の子は代襲相続ができません。
例えば、祖父、父、孫という関係で、父が祖父より先に死亡した場合には孫は父に代わって祖父を代襲相続出来ますが、父が相続放棄をすると、孫には相続権がなくなるという意味です。