自筆証書遺言と公正証書遺言(14)

    付言の重要性

    パパさん、前回は付言について例示してくれたけど、これがどんなことで大切なのか説明してください。
  ジュンは、例示した付言を読んで「なんだかジーンときちゃうね」といったよね。
そこが大切なのさ。付言は遺言を作った人の心情を記載しておくものだが、同時に読む人の心に訴えかけるものでもある。だから家族を思いやる気持ちを持って書くことが大事なのさ。そういう思いがあれば、必然的に感謝の言葉も出てくる。一人ひとりの立場を考えながら、自分の財産をどうしてこのように分けたのかということがその人たちに伝われば、気持ちも穏やかになり、無用の諍いは起こらないことが期待できるというわけだな。
ぜひお勧めできることだね。
   な~るほど! 確かに思いやりのある言葉を掛けられて悪い気がする人はいないものね。その他に注意すべき事はあるの?
  ジュンの言う通り、思いやりのある言葉は誰でも心地よい響きがあるものだ。とすれば、付言の中でも一人ひとり名前をなるべく挙げるようにしてやるのもいい。
 例示した中でも一郎、二郎、春子、夏子、秋子、冬子と関係者の名前を一通り挙げている。これが大事なのさ。
この中で自分の名前だけ書かれていないで他の人全員が書かれていた場合、その人はどんな気持ちになるかな。
人は誰でも自己の重要感を満たされたいという欲求を持っている。また、人間は感情の動物であると言われるように、すべてを合理的に割り切れるというものではない。付言は遺言としての法的効果はないが、場合によってはそれ以上の効果をもたらすことになるんだな。
   言われてみれば確かにそういうことが言えるね。ネコは単純だけれども、人間はそうはいかないものね。それで、付言を書いたことでこんないい事があったというパパさんが知っている例はないの?
   あるある。こんなことがあったな。相続人が5人の子供で、それぞれ皆所帯を持って独立していた。お父さんはその子どもたちにそれぞれに応じて財産分けをする遺言を残しておいた。しかし、子どもたちはその分け方に不満を持っていたんだな。当然諍いになる。しかし、その遺言には付言がしっかり書いてあった。そこには5人の一人ひとりの名前を挙げ、生前の労に対する感謝の言葉と自分がなぜそのように財産分けをしたかが書かれていた。
遺言執行者がそれを読み上げた時誰もが黙って聞いていたが、ひとしきり間をおいた後、二男の方が「親爺がそういう気持ちで決めたことならそれに従おうではないか。」と提案した。最初は皆が押し黙っていたが、そのうち皆が首を縦に振るようになり、もめごとが納まって事なきを得たという例があったのさ。
この場合、一人ひとりにねぎらいの言葉があった。そして、なぜ自分がそのように財産を分けたのかという理由を書いておいた。これが良かったとしか思えないね。
 また、それとは逆にそれなりの財産を受けたものの、付言の中で他の相続人の名前は書かれていたが、自分の名前だけがなかったことに不平不満をぶつけると言う例もあったね。この場合は特に諍いにはならなかったが、心境は複雑なものだろうな。
  なるほど。「付言」って本当に大切なんだね。その他に注意すべきことは?
  これだけは避けるべきだということが一つある。それは付言の中で相続人や関係者に対する非難や恨みつらみを書くことだ。これは絶対やめた方がいいね。
 遺言は人の最終の意思表示だから、そこで悪口雑言を残すということはかなり強烈な響きがある。
生きていれば和解もお詫びもできるが、それが出来ないことになるわけだから、非難された人には生涯の心の傷となって残るものなんだな。

 

 ◆解説

     相続人の不存在と特別縁故者


  1. 相続が発生した場合、相続人になれる人は民法によって決められていることについては、これまでにも解説しました。その基本形を簡単におさらいしてみましょう。
 まず、子と配偶者とがいる場合には、これを第一順位の相続人としてそれぞれが二分の一の相続権を持ちます。配偶者は一人に限定されていますが、子が複数人る時には二分の一の相続分を員数で割ることにより一人分を算出します。
 次に、子がいない場合には、配偶者と直系尊属とが相続人になります。これが第二順位で、相続分は配偶者が三分の二、直系尊属が三分の一です。二人いればその半分になりますね。
第三順位は配偶者と兄弟姉妹で、直系尊属が四分の三、兄弟姉妹が四分の一です。
子や兄弟姉妹が亡くなっていた場合には、孫や甥姪に代襲相続権が発生します。

  2. では、そのような相続人の存在がはっきりしない場合には、相続財産はどのようになるのでしょうか。
これが「相続人の不存在」の問題で、民法は「相続人のあることが明らかでないときは、相続財産は法人とする」と定めています。
法人と言う表現は何か大それたことのように思えますが、要は被相続人の財産が散逸しないように固めてしまって管理すると見ればよいでしょう。相続人の存在が明らかでなければ、いつまでもその財産を放置状態にしておくわけにはいきませんから、最終的には清算してどこかに帰属させなければなりません。
 相続人がいるかどうかは戸籍をみれば分かりますが、戸籍簿上では相続人が存在しないことにはなっていても、事実上血のつながった者がいないとも限りません。ですから、一定期間を設けて相続人を探し出すとともに、遺産を処分するための手続きをとるわけです。
 ですから、戸籍上で相続人がいることは分かっているが、その人が行方不明で何処にいるのか分からないという場合には、「相続人のあることが明らかでない」ことには当たらず、「不在者」としてその人のために財産管理人を選任して財産を管理することになります。
 法人化された相続財産は利害関係人の請求によって家庭裁判所の審判で相続財産管理人を選任してもらい、一定の手続きの後に債権者などに支払われます。その後、残った相続財産があれば、それは「特別縁故者」に配分されることになるのです。

  3. では、特別縁故者とはどのような人のことを言うのでしょうか。この制度は昭和37年の民法改正により新設されたもので、それまでは直接国の財産になっていました。
 しかし、遺産の経済的活用の面からみて、国庫に入れる前に、相続人ではないけれども故人と特別なつながりのあった人がいる場合には、その人の申し出により家庭裁判所の判断で遺産を分けてあげようということになったわけです。特別縁故者になれる人は次の通り。
    ①被相続人と生計を同じくしていた者。例えば、結婚届けを出していないで内縁関係にあ

                   る夫や妻、養子
     縁組届はしていないが共同生活を送っている者同士などがこれに当たります。
    ②被相続人の療養看護に努めた者。長期間にわたり被相続人と生活を共にして療養看護に

                   あたったと
     言う場合には、相続権がなくてもその労に報いてあげようというものです。
    ③その他被相続人と特別の縁故のあった者。例えば、子どものある人が再婚をした場合、

                   相手方とその子どもとは養子縁組をしない限り相続権は発生しませんが、他に相続人が

                   いなければ特別縁故者として
     遺産の配分を認めようというものです。

  4. 相続財産の一部だけが特別縁故者に配分された場合、残った財産については国庫に帰属
します。
つまり国の財産となって総てが終了することになるわけです。