自筆証書遺言と公正証書遺言(15)

    公正証書

  パパさん、今日はどんなお話をしてくれるの?
そうだねー。これまで自筆証書遺言について話してきたので、公正証書遺言について話してみようかな。一般的には「公正証書遺言」と呼ばれているが、正しくは「遺言公正証書」と言っている。公証人役場に在籍している公証人さんによって作られる遺言書なのさ。
  「公証人」とか「公証役場」とか、あまり聞いたことのない言葉だけれど、これはどういうものなの?
確かに馴染みの薄い言葉だね。公証人と言うのは、今から100年前に作られた「公証人法」という法律に詳しく定められている。それによると、法務大臣によって任命され、法務局や地方法務局に所属してお仕事をする人のことであると書いてある。特別職の国家公務員ということになるね。そして、そのお仕事をする場所が公証人役場といわれているところなんだ。日本全国の主だった都市に設置されている。でもね、国からお給料は出ない。
公証業務の手数料や日当がお給料の変わりになるんだ。
  公証人さんは、遺言書をつくるだけのお仕事をするの?
そんな事はない。公正証書でいろいろな契約を作ったり、会社を設立するときに必要な定款を認証したり、確定日付といって、重要な文書類を作った日付を証明したりするんだね。公正証書遺言をつくるのは、そのうちの1つなのさ。
  契約書や遺言書を公正証書で作ると何か良いことがあるの?
ジュンは良いところに気がついたね。とても大きな効力があるんだ。順を追って説明してみよう。まず、契約という言葉を知っているね。ものを売ったり買ったりする行為や、お金を貸したり借りたりすることは全て契約により行われる。この契約は必ずしも書面でしなければならないというものではなく、口頭での約束(口約束)でもかまわない。ただ、後になってから、双方の間で主張が食い違った場合、証明の手段が無くなってしまうので、大事な契約は文書で作っておくわけだ。
そこで、こんな例を考えてみると分かりやすいね。AさんがBさんからお金を借りているにも関わらず返さなかったとする。Bさんは困って、貸したお金を返してくれと裁判所に申し立てた。裁判所は二人でつくった契約書に基いて、Aさんに対しお金を返すよう判決を言い渡した。しかし、それでもAさんは従ってくれない。このような場合には、その判決に基いて裁判所が強制執行をして、Aさんの財産やお給料を差し押さえて貸金を取り戻してくれる。しかし、裁判をするにはお金も時間もかかるから大変だ。そんな時には、予め公証人さんに関与してもらって、強制執行認諾付きの契約書を公正証書で作っておくといい。もし約束を守らない場合には、いちいち時間とお金をかけて裁判をしなくても、即座に強制執行が出来るのさ。つまり、公正証書というのは、裁判の結果出された確定判決と同じ効力を持った文書になるということだな。
  ふ~ん! そんなすごい文書があるの~! それでっと、そういう文書を作ることのできる公証人さんってどんな人がなれるの?
公証人は法的効果の高い文書を作成する専門家だ。だから、法律に詳しい人でないと務まらない。
公証人法によると一定の試験に合格した者と、裁判官、検察官、弁護士などの法律専門職に就いていた人が就任すると言う二つの道が定められている。
 しかし、実際には裁判官、検察官、弁護士出身者が就任するケースがほとんどのようだね。この人たちは、いろいろな事件を扱って経験を積んでいるので適任だね。

 

◆解説

   特別受益と寄与分(その1)

      1.相続人が数人いて、被相続人がその中の特定の人に生前贈与をしていた場合、残された相続財産をそのまま法定相続分に従って分けたのでは、不公平が生じることがあります。なぜならば、生前に贈与を受けた人はその分だけ余計にもらうことになるからです。
 これとは反対に、相続人の中の特定の人が、被相続人が存命中に扶養義務の範囲を超えるような献身的な世話をしたとか、その人の事業を手伝って飛躍的に発展させたとかと言う場合に、遺産を他の相続人と平等に分けたのでは、逆の意味で返って不公平になります。何もしなかった人が同じ金額をもらえるというのは、どう考えてもおかしいからです。この問題を解消するために設けられたのが「特別受益」と「寄与分」です。
  

 2. それでは具体例にはめて見ましょう。
   例えばある人に相続が発生して相続人が妻と長男、二男、長女の3人であり、遺産が5,000万円あったとします。
ところが、その人が生前に妻に500万円を贈与し、長女が嫁ぐ時に持参金として500万円を持たせてやったと言う場合には、遺産の5,000万円を法定相続分に従ってそのまま分ければ、妻は半額の2,500万円、三人の子どもたちは残った半額を三人で分けることになりますので、それぞれ8,333,333円(割りきれませんが)を受けることになります。
しかし、妻と長女は生前贈与分が500万円ずつありますのでそれを加算すると、妻は3,000万円、長女は13,333,333円を受け取ったのと同じことになります。これでは何も貰っていない長男と二男との間に不公平が生じることは明白です。
つまり、こういう場合の贈与は、相続財産 を、妻と長女に500万円ずつ予め渡したとみなければなりません。

 3. この不平等について、法律はどのように調整しているのでしょうか。
民法第903条第1項には次のように規定されています。「共同相続人の中に、被相続人から、遺贈をうけ、、または婚姻、養子縁組のため、もしくは生計の資本として贈与を受けたものがあるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前3条の規定によって算出した相続分の中からその遺贈または贈与の価額を控除し、その残額を持ってそのものの相続分とする。」 
な~んだかよく分かりませんね。上に示した例を引用しながら一つひとつ見てみましょう。
 先ず、“共同相続人の中に被相続人から、遺贈をうけ”とは、亡くなられた人から相続財産とは別に、遺言で財産を分けてもらった人がいる場合のことですね。“婚姻、養子縁組のため、もしくは生計の資本として贈与を受けたものがあるとき”とは、妻と長女が500万円ずつもらっていることがこれに当たります。
ただ、ここで注意をしなければならないのは、贈与ならばどのようなものでも全てが含まれるということではありません。婚の時に貰った持参金や結納金、花嫁道具、新居を入手するための費用、養子に出るときに受けた支度金などが入りますが、挙式や披露宴の費用は含まれないとされています。
“生計の資本”とは生活をしていく上での資金、例えば、独立開業するときの資金、マンションを買うときの頭金、大学進学のための入学金や授業料などがそれに当たります。ですから、海外旅行に行くときの費用などは含まれないことになります。しかし、それは法律上の問題であって、挙式や披露宴、旅費などもそれが高額に及ぶ場合には、実際の遺産分割の時に他の相続人からクレームがつくこともあるでしょう。よく問題になるのが、生命保険金を受け取った場合です。生命保険金は指定された受取人の固有の財産であり、相続財産ではありません。
ですから、厳密にいえば特別受益にはならないわけですが、これも他の相続人が受け取る金額とのバランスの問題で、あまりにも差がある場合には、特別受益と見るのが一般的です。