自筆証書遺言と公正証書遺言(16)

    公正証書のよいところ①

   パパさん、先月号で相続のお話をお休みさせていただいたら、読者の方からお電話をいただいたね。毎回楽しみに読んでいるが、病気でもしたのかと。だから、ちょっと説明をしておいた方がいいと思うのだけど~。
   そうだね。そういえば、山田事務局長さんからもメールが入り、このお話しを素材にして勉強会を開催しておられるグループもあるとか。そのような方々がいらっしゃるということはとても元気が出るし、有難いことだね。
それで、特に病気をしたわけではないのですが、今、仕事の方が山積しており、なかなか執筆する時間が取れないというのが実情なのです。そういうわけで、誠に申し訳ございませんでしたが先月号はお休みさせていただきました。
  そうなんです。パパさんは今とても忙しいのです。遺産分割協議書や遺言執行、公正証書遺言の原案作成、それに総務省の行政相談も担当しなければならないので、ネコの手も借りたいくらいなのです。でも~、ジュンの手では役に役に立ちそうもないし~・・・。本当にごめんなさい。 あっ! そうそう、国の行政に対するご意見やご要望・ご質問・苦情・お困りごとなどありましたら、ご遠慮なくパパさんに言ってください。行政相談委員というのは、皆様と国の機関とのパイプ役なのです。皆様のご意見を国の行政に反映し、よりよい解決策を見つけていきます。
 ということで、早速前回のお話の続きに入ることにしましょう。
  そうしよう。それで、公証人が作る書類は、証拠能力においても勝るといえるね。前にも話したように、契約は特に書面でしなければならないと決められていない限り口頭でも成立する。しかし、口約束では後日になって「言った、言わない」で紛争になることがままある。その場合、書面にしてあれば一目瞭然だ。しかし、当事者間で作った書類は、場合によっては偽造や変造という問題が生じないとも限らない。紛失だってある。その点、公正証書で作っておけば、絶対とはいえないにしても、安心度は格段に高いと言えるね。万一、紛失や偽造・変造があっても、公証役場に原本が保管されているからすぐに分かる。また、紛争が法廷に持ち込まれても、当事者間で作成した契約書よりも有能な証拠力として裁判官の心証を得ることが出来ることになるね。だから、重要な契約書は公正証書にしておくと安心できるんだな。
   な~るほど! それでは、遺言を公正証書で作ったらどんないいことがあるの?
  おやおや、核心を突いて来たね。それでは順を追って話してみようかな。
 先ず、なんと言っても無効になりにくい遺言書が作れるということだ。自筆証書遺言の場合、①様式の不備、②目的となる財産が特定できない、③記載されている意味内容が不明、などで無効になるケースがけっこうあるのさ。間違った箇所の訂正方法ですら決められた方式がある。 そうそう、この訂正方法については自筆証書遺言のところで触れてなかったようなので、この場を借りて説明をしておこうかな。
 自筆証書遺言の加除訂正方法は、民法第968条2項に規定されている。「自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。」つまり、インク消しや砂消しゴムで消したりしてはならないということだね。具体的に見ると、例えば「現金100万円を長男太郎に相続させる。」と書いたが、その後「長女花子に相続させる。」と訂正したい場合には、長男太郎を二本線で消して長女花子と記載し、その部分に押印し、その上部か下部の欄外の余白に「この行4字訂正」と付記するか、または遺言書の末尾に「本遺言書の○ページの○行目、長男太郎を長女花子に4字訂正する。」と付記し、そこに署名する。加筆する場合には、これに準じてどの箇所にどのような文字を書きくわえたかを明らかにすればよい。

 

 ◆解説

 
    特別受益と寄与文


  1. 前回の記事をお読みになった長野県にお住まいの方から、ご質問が寄せられました。
 これまでにも読者の皆さまから何件かご相談やご質問が寄せられておりますが、この拙文を少しなりともご関心を持って読んで頂ける事を本当に嬉しく思っております。

  2. この度のご質問の内容は、特別受益というのは、現金で贈与を受けた場合に限るのかどうかということでした。お話によりますと、ご相続人のお一人が被相続人から生前に不動産を贈与されているのだが、これが特別受益にあたるのかどうかというものです。
 同じような疑問をお持ちの方もいらっしゃると思いますので、そのことについて触れてみることにいたします。
 まず結論から先に申し上げますと、特別受益に当たるかどうかは現金には限りません。不動産であれ、有価証券であれ、書画骨董塁であれ、生計の資本としての贈与、つまり受贈者の生計を支えていく上での財産になるもの、或いは、結婚するときや養子になるときに受け取った財産であれば特別受益として持ち戻しの対象になるのです。では、何をもって生計の資本というのかは、個々具体的な場合を見なければなりません。前回の解説の中でそのいくつかを例示しておきましたが、一般的な判断基準としては、被相続人の立場や資産を基準  にして、かなり高額な財産を移転したような場合にはそれに該当すると見れば良いでしょう。 
そもそも、相続財産とは、相続が発生した時点で被相続人が有していた全ての財産をいうわけです。それは現金の場合もありましょうし、預貯金、株式、有価証券、不動産という形式で存在していることもあります。
ですから、現金を贈与した場合のみが特別受益になり、株式や不動産を贈与した場合にはそれに当たらないというのでは理に合いませんね。ご質問のように不動産の贈与を受けたという場合には、その目的物がどれほどの価値があるかを評価し、金銭に見積もって計算の対象にすることになります。

  3. そこで特別受益という制度がなぜ必要なのかをもう少し詳しく説明してみましょう。
 ある人が自分の財産を生前に誰かに贈与した場合、その贈与された財産はその時点ですでに贈与者の手から離れて受贈者に所有権が移転してしまっているわけですから、贈与者に相続が発生しても、それはもはや相続財産ではなく、受贈者の固有財産になっているわけです。ですから、贈与を受けた人が第3者である場合には、そのまま落ち着き特に問題は起こらないことになります。
 しかし、贈与を受けた人が相続人である場合には事情が違ってきます。なぜならば、共同相続人の中に被相続人から生前に財産を貰っている人とそうでない人がいれば、その間に不公平が生じることになるからです。或いは全員が何がしかの贈与を受けたにしても、沢山もらっている人とそうでない人との間に同じような問題が発生することになります。こういう格差を残したまま現存する財産だけを法定相続分に従って分割したのではどう考えてもおかしい。
公平性に欠けてしまいますね。それを調整し、被相続人から生前に特別に利益を受けた相続人には相続が発生したときに利益を受けた分を計算上でいったん戻したものとして扱い、現存する相続財産と合算して分割計算をしようというのがそのねらいなのです。つまり、特別受益とは、相続人が贈与を受けた場合には、相続財産を生前に前渡しをしてあるものとみなして、相続分を公平に分配するという制度なのです。 
では、どのような方法で計算するのか。
  それについては次回に説明いたします。