自筆証書遺言と公正証書遺言(20)
危急時遺言 ①
戸籍謄本1つ取り寄せるのも簡単ではないということが分かったけど、パパさんがこれまでに行政書士のお仕事で経験した苦労話など何かないの? | |
あるある。とても大変であり、また貴重な体験をしたことがあるんだ。 読者の皆様にも、何かの折にはご参考になると思うので、お話ししてみることにしようかな。 |
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おねがいしま~す。 | |
ある80代半ばの女性の方だった。 5年前に公正証書遺言を作っておいたんだな。 この方は独身であったため、自分の亡きあとはその財産を所属している団体に遺贈することにした。 ところがだ、その後、組織の事情が変わって、その財産を団体にではなく、その団体の代表者を務めている方のお嬢ちゃん(3歳)にあげることにした。 なぜならば、その女性は独居生活で、近くに身寄りもなく、団体代表者のご夫妻が何くれとなく世話をしており、3歳のお嬢ちゃんもよくなつき、まるでわが孫のように可愛がっていたことから、言わば、その子の成長がご自身の生きがいにも繋がっていたということなんだな。 そのためには公正証書遺言の一部を変更しなければならない。 こういう場合、自筆証書遺言で公正証書遺言の内容を変更することは可能であるが、なにしろ、当のご本人は病で床に伏しており、しかもお医者様からは、既に末期症状で今日・明日中に臨終を迎えても不思議ではないとも言われていた。 だから、その方の判断能力は問題ないものとしても、とても自分で遺言書を作れる状態ではなかったのさ。 そのような折に、パパさんのところに電話がかかってきたんだ。 ご親族の皆様方が遠方より集まっているので、この際公正証書遺言の内容について関係者に説明してほしいと依頼されたわけなんだな。 |
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ふむふむ! それで? | |
パパさんはすぐに車で駆けつけたね、カーナビを頼りに。 約1時間半くらいの道のりであったが、そこにはご兄弟姉妹や甥や姪ごさんが7人ほど集まっていた。 ところがだ、それまで昏睡状態であったという当のご本人が、目を覚ましていて、意志の疎通が図れる会話ができる状態になっていた。 ご親族の方はびっくりされていたね。 これまでにも、たまにそのようなことがあったようだが。 パパさんがわざわざ遠くから来てくれたことに対するお礼まで言われたので、とても驚いたね。 そこで思った。これならば、「危急時遺言」(人が臨終に際して、本人以外の人が作ることのできる緊急の遺言書)ならば作れると。 すぐに団体の代表者の方に、ご親族及びお子さんが遺贈を受けるその代表者以外の方で遺言書作成に証人として立ち会っていただけるかた2名を、印鑑(認印)を持参のうえ至急集めていただくようお願いしたんだな。 なぜならば、ご親族である相続人や、親族でなくても遺贈を受ける未成年者の親権者(親)は利害関係人として証人にはさないからだ。 代表の方はすぐに近くに住んでいるその団体に所属する方に電話をしたね。 その結果、二人見つかり、駆けつけてくださることになった。 その間、パパさんは遺言者に話しかけて、意識がはっきりしていて、意思能力(判断能力)に問題はないかを確認し続けたね。なぜならば、せっかく作り直しても、判断能力がなくては無効な遺言になってしまうからさ。 やがて、二人が到着した。 男性と女性の方だった。 そこで、遺言者がベッドに伏しているその部屋からご親族や団体代表者の方など、利害関係者全員に席をはずしていただき、遺言者・証人二人・そしてパパさんの4人になったんだ。 即座にカバンの中からレポート用紙を取り出し、遺言者に聞いたね。 「以前作られた公正証書遺言の一部を変えたいとのことですが、どの部分をどう変えたいのですか?」と。 さて、この続きは次回のお楽しみとしよう。 |
◆解説
特別受益と寄与分(その6)
1. 特別受益の制度は共同相続人の間で遺産分割をするにあたり、絶対的なものなのか。
つまり、特別受益があった場合には全てについて相続人間の公平を期するために、必ず持ち戻しをしなければならないのかということが問題になるでしょう。
結論を申し上げますと、このことについては、次の二つの意味で持ち戻さなくてもよい場合があるのです。
今回はそのことについて触れてみることにしましょう。
2. その一つは、遺産分割に際し、共同相続人の全員が合意した場合には特にこの問題は発生しません。
例えば長男が被相続人から特別受益に当たるような生前贈与を受けていたとしても、他の弟妹が長男には小さい時からいろいろと世話になっているし、これからも両親の世話をお願いしなければならないので、それはそれで不問に付そうという合意ができれば、そこに紛争が発生する余地がないわけですから、取り立てて問題にする必要もないわけです。
そもそも民法の規定というものは、当事者間の契約は自由になされるべきものであるという原理原則に基づいて定められていることから、それが強硬規定(絶対に守らなければならない条文)に違反しない限り自由な取り決めが出来るわけで、その限りにおいて第903条は適用されないことになるわけです。
二つ目は、被相続人が持ち戻しを免除するという意思表示をした場合です。
民法第903条3項には「被相続人が前2項の規定と異なった意思を表示したときはその意思表示は、遺留分に関する規定に違反しない範囲で、その効力を有する」と定めています。
つまり、贈与や遺贈をするにあたって、これは特別受益として持ち戻しの対象にしないという意思を表しておけばそれはそれで認めましょうということです。
具体的には、どのような方法で意思表示をすればよいのかといいますと、例えば生前に相続人全員に申し渡しておいたり、ノートに書いておいたりする方法などが考えられます。
しかし、更に確実な方法をとるには、遺言書の中に書いておくことです。
また、はっきり意思を表示しなくても、暗にそのような意図が表れていればそれでもよいと解釈されています。これを黙示の意思表示といいますが、どのような場合にそれが認められるのかといいますと、相続人の経済状態や贈与や遺贈を受けたいきさつ、置かれた立場など、諸般の事情を考慮して判断されることになります。
例えば、共同相続人の中に他の相続人と比べて極度に経済的に苦しい立場にある人や、障害を持った人がいたというような場合、それらにたいする贈与などは、将来生計を営めるように配慮したものであることが予測できることから、持ち戻しを免除した意思表示があったと見ることが出来るわけです。
また、親が自分と同居して世話をしてもらうためにその相続人に特別に贈与したものであることが明らかな場合には、やはり
持ち戻しを免除したものと考えてもよいでしょう。
このように、口頭で言ったり、黙示の意思表示をするというのは現実問題として、なかなか判断が難しく、後日になってから意見が割れて紛争になる心配もありますので、はっきり分かるように書面に記しておく方が安全です。
やはり遺言書に記しておきたいものです。
3. 被相続人による持ち戻し免除の意思表示でも、遺留分に関する規定に違反しない範囲内であることが要求されます。
遺留分とは、ある一定の範囲に属する相続人であれば、必ず受けることのできる相続財産の一定額のことです。言葉を換えて言えば、相続人として遺産の一部は必ず取得できるという民法で認められた絶対的な権利です。
ですから、被相続人が自分の財産だから自由に処分できると言っても、遺留分制度の趣旨を侵してまで認めるわけにはいかないので、そのような規定を設けて他の相続人の立場を保護しているのです。