自筆証書遺言と公正証書遺言(22)

     危急時遺言  ③

  パパさん、危急時遺言というのは、よく使われる方法なの?
  そんなことはない。遺言の中でも特別なことさ。自筆証書か公正証書で作るのが原則だ。
最近でこそ遺言をつくる人が増えてきてはいるが、まだまだ少ない。
前にも話したように「遺言なんて縁起が悪い」とか「遺言は死ぬ間際にするものだ」とか誤った考えを持つ人が少なくないんだな。
テレビドラマの影響なのか、病床に親族を集めて「今後のことはこのようにしてほしい」なんて話す場面があるが、これが遺言であると思っている方が少なくない。
しかし、そのような口頭での意思表示は、遺言でもなんでもない。法的には全く通用しないのさ。
言葉で言ったことは、次の瞬間には消えてしまう。後日、「あの時お父さんはこう言った」とか「いや、そのようには言わなかった」とか、争いになることは必定だ。
人間の心理とは面白いもので、同じ言葉を聞いても、とらえ方はみな違っている。自分に都合のよいように聞き取るものなんだな。だから、しっかりと書面に記載しておかなければならない。
それと同様に、テープレコーダーやビデオで録画したものも改ざんされる恐れがあるから遺言としては認められない。しかも絶え絶えの息の中で、自分の複雑な財産関係を正確に伝えられるわけがない。
つまり、元気なうちにしっかりとした遺言書を作ることが必要なんだな。
  ということは、危急時遺言はあくまでも例外的なものなんだね。
  そのとおり。危急時遺言では完ぺきな遺言など作れるわけがない。繰り返しになるが、遺言は、元気で判断能力がしっかりしている間に作らなければならない。危急時遺言はあくまでも補助的なもので、例外的に対応するための方法なのさ。
  それでも、この危急時遺言を作る方法を知っていると、いざっという時にとても役に立ちそうだね。
どのようにしたらよいのか、説明してください。
  そうしよう。だがその前に、遺言を作ることの大変さについてもう少し触れてみようかな。
遺言書を作るというのは、一見簡単そうに見えるけど、どうしてどうして、結構エネルギーを使うものなのさ。
なにしろ自分の財産がどれほどあるのか即座に答えられる人などそう多くいるものではない。
例えば、土地と家屋を持っていたとしても、その所在表記や正確な面積、それがどれほどの財産価値があるのかなど分かっている人はほとんどいない。
更に、財産を分配するについても、よくよく相続人の置かれた状況を見据えたうえで分けないと、お互いに不満が募り、返ってそれが紛争の火種にならないとも限らないんだな。だから、先ず自分の財産にはどのようなものがあるのかを洗いざらい書き出してみる。
不動産、預貯金、現金、株式、公社債、ゴルフ会員証、貴金属、書画骨董類等々。これを調べて一覧表示するだけでも大変だ。相当の労力を使うものさ。何しろ、遺言には自分の全ての財産を書き込んでおかないといけないわけだから、うっかり書き残した財産があると、それは遺産分割協議をしなければならなくなるので、遺言を作った意味が半減してしまうのさ。
次に、相続人は何人いるのかを書き出してみる。配偶者と子供だけが相続人という場合ならば比較的分かりやすいが、子どもがいない夫婦の場合や養子に出した子がいた場合、或いは最近増えているステップファミリー(離婚などにより夫婦の一方、或いは双方が子連れで再婚して出来た新しい家庭)などの場合、相続人を確定するにも相当の注意を払わなければならない。離婚した配偶者には相続権は無くなるが子供にはあるからね。
だから、そういう知識がないと、だれが相続人なのかすら把握できない。うっかり見落としたなどということになったら大問題になる。
中には、嫁に出した娘には、実父母の相続権が無くなるなどという誤解をしている人もいるくらいだ。だから、相続関係図を作ってみて、相続人を見落とさないようにしなければならない。

 

◆解説

     特別受益と寄与分(その8


  1. 被相続人が存命中に、相続人の中の誰かがその人のために特別に尽力したという実績がある場合には、相続財産を分けるにつき、その人に他の相続人より厚く処理しようというのが寄与分制度の趣旨であり、寄与の方法としては、
     ①労務の提供
     ②財産上の給付
     ③療養看護
     ④その他の方法
として例示しています。要するに、労働面や金銭面、或いは介護など何でもよいからその人のために尽くしたことが認められれば良いわけです。

  2. 次に、「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし」とありますが、これは次のような意味です。
 先ず、「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額」、これは相続財産、つまり遺産のことです。具体的にみれば、土地や家屋、銀行の預貯金、現金、株式、公社債、投資信託、有価証券、ゴルフ会員権、貴金属、書画骨董類などが一般的に考えられる財産です。
生命保険につきましては、受取人が特定の個人になっている場合は、その人の固有財産となり相続の対象からは除外されますが、そうでなければ、遺産として分割することになります。
 「共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし」とは、現実にある遺産の中から功労のあった相続人の寄与分の額を差し引いたものを相続財産とみなすとする、いわゆる「みなし財産」を設定することです。
そこで、寄与分をどの程度の金額にするかについてですが、それは共同相続人が協議して決める、つまり、お互いに話し合いで決めなさいと民法では言っているわけです。
  
  3. ところで少々余談になりますが、現実問題としてこの協議が実に難しいのです。
相続人同士が平穏にお話合いができる状態になっていれば、取り立てて問題はないのですが、相続が、「争族」になっている場合には,なかなか話がまとまりません。
よくあるケースとしては、親と同居して世話をしている相続人が“自分は親の面倒を見たのだから、他の相続人より多く財産をもらって当然である”という考えを持つ場合です。これに対し、他の相続人全員がそれを承認してくれれば特に問題はないのですが、反対に、一人でも異を唱えるとなかなか話がまとまりません。
相続人同士でどうしても話し合いがつかない場合には、家庭裁判所に調停を申し立てることになります。
調停と言うのは、裁判官と二人以上の調停委員により、当事者双方からその主張を聞き、互譲の精神で和解させるという方法です。調停委員から解決案が提示されますが強制力はなく、当事者双方が承諾すれば調停成立となりますが、そうでない場合には審判により裁判所の判断で決めることになるのです。