自筆証書遺言と公正証書遺言(26)

   特別方式  ②

  パパさん、秘密証書で遺言を作る人ってたくさんいるの?
   制度としてはあるものの、現実的にはこの方法で遺言書を作る人はあまりいないようだね。全く0というわけではないが、極めて稀だ。作成方法を見てもわかるように、自筆証書遺言と公正証書遺言をまぜこぜにしたようなものであるから、遺言者はそのどちらかを選択してしまうということになるのかもしれない。
しかし、必ずしも自分で書く必要はなく、他人がタイプライヤーやワープロで代筆してもよいわけだから、やりようによってはとても便利だね。また封入して封印をすることや、公証人さんの署名捺印があることなどから偽造防止や証拠能力が高まることなどには役立つね。
但し、公証人さんが本文を作成するわけではないから、内容の不備により無効になってしまうこともないわけではない。
秘密証書遺言として作成したものが方式に不備があり無効になったとしても、それが自筆証書遺言の方式を満たしている場合には自筆証書遺言としての効力を有することになる。しかし、ワープロなどで作成してあるものについては全文を自書するという自筆証書遺言の要件を欠くことになるから、やはり無効になってしまうというわけだ。
さて、それでは次に特別方式に話を進めてみようかな。
特別方式にはどんなものがありましたか?
  えーと、特別方式には大きく分けて危急時遺言と隔絶地遺言との二つがあり、危急時遺言には一般危急時遺言と難船危急時遺言とがあります。
  そう。ジュンはよく覚えていたね。この中の一般危急時遺言については「自筆証書遺言と公正証書遺言(25)」に詳しくふれているので、難船危急時遺言について話してみよう。

第979条には次のように書いてある。
 「船舶が遭難した場合において、当該船舶中に在って死亡の危急に迫ったものは、証人二人以上の立会をもって口頭で遺言をすることが出来る。」(1項)。
 「口がきけないものが前項の規定により遺言をする場合には、遺言者は、通訳人の通訳によりこれをしなければならない。」(2項)。
 「前2項の規定に従ってした遺言は、証人が、その趣旨を筆記して、これに署名し、印を押し、且つ、証人の一人又は利害関係人から遅滞なく家庭裁判所に請求してその確認を得なければ、その効力を生じない。」(3項)。

これを見ても分かるように、この遺言は船舶の遭難と死亡の時期が迫っているという二つの条件の下に作成されたものでなければならない。だから、極めて特殊な遺言ということができるわけだ。
  こんな場合にも印を押さなければ効力がないの? 第一、印鑑をもって船に乗るという人はあまりいないと思うけど。
   確かにその通りだ。そこでそういう場合には立会人または証人がその理由を遺言書に記すことになっている(981条)。
なお、加除訂正の方法は自筆証書遺言と同じようにすればよい。
ちょっとおさらいをしてみると、遺言書の余白の部分に加除訂正の場所を示し、これを変更した旨を付記し、そこに署名し、変更した部分に印を押す。
例えば、書き換えたい部分に二本線を引き印を押し、余白の部分に文字を削る場合には「本紙8行目4字削除」、文字を加える場合には「本紙8行目5字加筆」、と書いてその箇所に加える。遺言書の末尾に書いてもかまわないが、加除する場合には「本遺言書2ページ8行目4字削除6字加筆」などとわかるように書いておけばよい。
  船が遭難した場合は難船危急時遺言の方式でいいけど、遭難しないで船に乗り合わせている人が遺言を作る場合はどうなるの?
  同じように船に乗っているわけだが状況が違う。先ほどジュンは特別方式の中には危急時遺言と隔絶地遺言との二つが有ると言ったね。船で航海中の場合はこの隔絶地に当たることになるんだ。詳細は次回に話すことにしよう。

 

  ◆解説

      特別受益と寄与分(その12)



      1.前回の解説の中で義父に遺言書を書いてもらうことは理解できたが、それをどのようにして実現するかが難しいという声が寄せられました。誠にごもっともなお話です。実の親子の間でもこういう問題についてはなかなか話しにくいのに、ましてや嫁の立場ではなおのことお願いはできません。よって、長男がその役割を担うことになるわけですが、これとて簡単にはいかないというのが実情でしょう。

 そこで、今回はこういう場合にはどのように話を切り出したらよいかについて考えてみることにしました。

 2.まず、単刀直入に遺言の話を切り出すことは避けた方が賢明でしょう。
これまでにもお話してきましたように、近年遺言書を作る人が増えてきているとはいえ、まだまだ馴染みが薄く、中には縁起が悪いと思っておられる方も少なくないわけで、敬遠されることは目に見えております。
そこで一つの方法として、新聞や雑誌に掲載されている相続相談などを話題にして、世間話程度に入っていくのがよいようです。

あるいは、親戚や知人などで起きた相続問題などが身近にあれば、それを他山の石として活用してもよいでしょう。
「○○さんの家では相続問題で大変なんだってよ。我が家もそういうことがないようにしておかなければね。」とか「今年から相続税が変わるって新聞に出ていたよ。これまでは100件の相続の内せいぜい4件が相続税を納めていたが、今度の改正で大幅に増えるらしいよ。我が家も不動産が多いから、今から対策を考えておかないと大変なことになるね。」などと切り出してみるのもよいでしょう。
とにかく話を性急に進めるのではなく、家族の間でそういう話がごく自然に出来るような雰囲気を作り出すことが大切です。

 3.もう一つの方法は専門家に助言をしてもらうという方法です。
身内が話しても聴く耳を持たなかったものが、第三者が関与したらうまくいったということはよくあることです。
私が関わった事例でもこんなことがありました。
 ある団体の要請で相続の講和をさせていただいた折、終了後参加者の一人から次のようなご相談をいただきました。
 「父の資産は不動産が多く、兄弟姉妹で分けるといっても簡単にはいきそうもない。揉めないために今から何とかしてもらおうと遺言書の話をすると、『おまえはわしの財産を狙っているのか』と言われてしまい、それ以上話が出来なくなってしまう。母は10年前に他界し、こちらも家付き娘であったために親からそれなりの財産を相続しているが、未だに遺産分割がなされていない。父は元気であるとはいうものの歳も歳なので、この上二重に相続が発生したらとても煩わしいことになってしまう。どうしたら良いのか。」というものでした。
そこで、私が行ってお父様にお話をしてみることになりました。この場合にも行政書士が遺言の話をしに来るなどと言えば敬遠されてしまいますので、あくまでも知己が遊びに来るということで参りました。
そのお父様は95歳になられますが、足が少々ご不自由な程度で頗るお元気な方でした。世間話をしている中で私が相続関係の仕事を専門にしていると話したところ関心を示されましたので、遺言書にまつわるお話をそれとなくしましたところ、普段息子さんからいろいろ言われていると見えてすぐに興味を示してくれました。結果的には公正証書遺言の作成にこぎつけることができたというものです。