自筆証書遺言と公正証書遺言(3)

    遺言は元気なうちに

前回は、相続人の一人が「その遺言はお父さんが書いた字ではない」とか「おかあさんは認知症が進んでいて遺言などとても書ける状態ではなかった」とか言い出すと収拾がつかなくなってしまうというお話だったね。
そんなことって実際にあるの?
 残念ながら、無いことも無いんだ。一般に遺言というのは病気などで健康状態が悪化してから作るものだという誤った認識がなされているが、そうすることがトラブルの原因になるんだな。
なるほどね。どういう人がそういうことを言うの?
  そうだね~。こんな例を考えてみれば分かりやすいんじゃないかな。例えば、自分はこれだけ家業を手伝い、父母の老後の世話もしたのだから、他の相続人より多くの遺産を分けてもらえるはずだと思っていたとするよ。
ところが、遺言書を見たら期待したほどでもなく、かえって稼業もほとんど手伝わず、両親の世話もしていない他の相続人が自分より多くの遺産をもらったとなると、その人はどんな気持ちになるかな。
確かに不公平だよね。何か理由をつけたくなるのもわかる。その場合はどうなるの?
  どうしても収拾がつかなければ最終的に裁判所に判断してもらうことになるんだ。
うわ~! 裁判をやるんだ。
  それは、あくまでも最終的な話でね、その前に「調停」をやることになるな。
  「調停」ってなに?
  家庭裁判所で裁判官と二人の調停委員さんが双方から話を聞いてその間を調整するのさ。裁判とは違うんだ。
つまり互譲の精神で話し合い、結論を導き出すという制度なのさ。費用も安いし、諍いを仲裁してもらうにはとても良い制度だよ
  じゃあ、最終的に裁判になったときには裁判官はどうやって判断するの?
  そうだね。裁判所ではいろいろな証拠を提出してもらったり、証人を呼んだり、筆跡鑑定家に判断してもらったり、ありとあらゆる方法で調べるね。
  それで、専門家の筆跡鑑定や証拠調べの結果、本人の字ではないとか認知症で自分の意志で書いたものではないと判断された場合にはどうなるの。
  残念ながら、遺言としての効力はないことになる。
  それではせっかくの遺言も無駄になってしまうことになるね。
   だから健康で体力・気力が充実している時に作っておくのがベストなのさ。
   確かにそういうことになるね。ところで遺言書は誰でもつくれるの?
   「遺書」は自分の心情を書けばよいのだから小学生でも可能だ。しか「遺言は」意思能力、つまり判断脳力が必要だから15歳にならないと作れないって決められている。
   な~るほど。では、ジュンはまだ10歳だから遺言は作れないことになるね。
   そういうことだね。どうも小説やテレビドラマの影響なのか、一般的に遺言というのは重病になってから書くものと思われているがそれは違う。そんな時に遺言など書けるものではない。朦朧とした意識の中や、あちこちが痛くて苦しんでいる時に、「さて、自分の財産をどのように分けようか」なんて考えること自体出来ないことさ。
自分の病気のことだけで頭がいっぱい。他の事を考える余地などないね。遺言を作るということは、体力・気力・思考力をフルに活動させなければならず、思っているほど簡単なことではないんだな。なにしろ自分の人生の集大成のようなものだからね。

◆解説

1 相続は誰にでも訪れる自然の摂理です。人が昇天したそのときから、被相続人の財産は総て相続人に引き継がれます。
相続が発生すると残された遺産は分割されるまで相続人全員の共有状態になり、銀行や郵便局の預貯金、証券などはすべて凍結されます。
それを解除するには、相続人同士で話し合って、全員の合意を得た上で「遺産分割協議書」を作成しなければなりません。

2 「相続」についてお話をすると、次のように答える人がいます。

 ①「我が家は財産がないから、相続問題は心配いらない」
 ②「子どもたちは仲がよいので、財産争いなどしない」
 ③「よく言い聞かせてあるので、親の財産はあてにしない」
 ④「法律通りに分ければよいので、何もする必要はない」
 ⑤「子供がないので、夫の財産は全部私のものになる」

 ※しかし、本当にそうでしょうか?財産がないと言っても、土地や家屋があるのではないですか? 預貯金だってあるのでは? それらは、全部相続財産として相続人同士で分割することになるのです。(家督相続から均分相続へ)。
子供のいないご夫婦の場合、そのままの状態では夫の財産がすべて妻のものになるということはありません。
誤解している人が多いので要注意。
※また、子供と言っても、いつまでも幼な子ではありません。結婚し、子供もでき、その子(つまり孫)が中学生・高校生・大学生になる頃には教育費もかさんできます。住宅ローンも返済しなければならないでしょう。
景気回復の遅れから給与所得は下がるばかり。中には早期退職を促されたり、歓迎しないリストラの憂き目にあうということも珍しくない時代です。
それでも親が残してくれた相続財産の受け取りを拒否しますか? 親の財産は全部兄弟姉妹に分けてやって「自分はいらない」と、本当に言えるでしょうか?

3 いま日本は65歳以上の高齢者人口が2800万人を超え総人口の22.1%に達しました。超高齢社会に突入したわけです。
団塊の世代の大量退職時代を迎え、この傾向は今後しばらく続きます。相続問題は、ますます個々人が関心を持つべき重要な課題となってきたわけです。
 それらを踏まえ、実例を交えながらわかりやすく解説していくことにいたします。