自筆証書遺言と公正証書遺言(7)

    遺留分請求①

 パパさん、今回は財産を分けるにあたっての注意点のお話からだったね。
  そう、そこでだ。まず何よりも心しておくべきことは、遺言で財産を分けるというのは、何のためにそうするのかということをしっかり認識しておかなければならない。
「何のために」って、遺産を相続人同士の話し合いで分けることが、とても難しい問題になることが多いので、親が元気なうちに財産の分け方を決めておくためでしょう。
  そのとおりだ。ジュンはこれまでのお話をよく聞いて理解しているね。
 相続人同士の紛争を防止するために、遺言で財産の配分方法を決めておく。
しかし、その分け方だがこれがまた難しい。ということはだな、相続人の誰もがその配分内容に納得できて、不満を持たないように配慮しておかなければならないということだ。
  それってどういう意味なの?

 

ジュンは「均分相続」という言葉を知っているかな。

かたよりなく平等に分けるという意味だ。
本来は配偶者も長男も次男も嫁に行った長女も次女も、みんな等しい割合で相続権を持っているということだ。
よく「嫁に行った娘には相続権が無くなる」なんて誤解している人もいるが、そんなことはない。
そこでだ、親が財産を分けるに当たって、総ての相続人に均一に分けた場合はどうだろうかね。
たとえばここに1千万円あったとして、妻と4人の子供に均分すれば一人200万円になる。
しかし、そのように分けることを本当に平等と言っていいのだろうか。
その1千万円を蓄積した陰には、妻の内助の功がある。或いは長男は両親と同居して、その事業を手伝いながら親の面倒も見ているが、次男は別に所帯を持ち、しかも独立するときに資金援助も受けているという場合もある。また、長女が嫁ぐときにはかなりの持参金を与えてやったが、次女のときには景気低迷のあおりを受けてそれほどのこともしてやれなかった。そういったときに、均等に200万円ずつ相続させることが果たして平等と言えるのか。相続人がそれで納得できるのかということだね。

  つまり、それぞれのおかれた状況をよく考えて配分しておくってこと?
そういうことだね。せっかくの紛争防止のための遺言がかえって仇になってはいけないね。
しかしそうはいってもその家庭には様々な事情がある。また親の子に対する思い入れも、必ずしも均一とは限らない。何らかの偏りがあるのは避けられないことだろうが、その場合にも遺留分だけは配慮しておくのがいい。
その方が安心できるね。
  遺留分(いりゅうぶん)ってな~に?
  兄弟姉妹以外の相続人が、相続財産の中から必ず受け取ることのできる割合のことさ。
直系尊属のみが相続人なら三分の一、それ以外の場合は二分の一だ。それ以外の場合とは、 ①子だけの場合  ②配偶者だけの場合  ③配偶者と子の場合  ④配偶者と直系尊属の場合という四つの組み合わせがある。兄弟姉妹には遺留分はないんだな。
なぜ相続人に、財産の一部を必ず残しておかなければいけないの?自分のものだからどのように使おうと、どう処分しようと全く自由なはずだったよね?
  確かに原則はジュンの言うとおりさ。しかし相続人の生活の保護ということも視野にいれておかなければならない。こんな風に考えてみるとわかりやすいのではないかな。被相続人が自分の財産を第三者に全部遺贈したり寄付してしまった場合、相続人は何も受け取れなくなってしまう。
もしその相続人が病弱で働けず生活に困っている場合には、生活保護など国が税金で面倒を見ることになる。これはどう考えてもおかしい。
親に財産があればまずはそれを充当し、それでもどうにもならない場合に国に援助を求めるというのが筋ではないか。こんなところから、たとえ自分の財産でも相続人のために、一定の割合で必ず残しておくべき部分がある。これが遺留分なのさ。

 

解説

   家督相続と均分相続
1.「家督相続」という言葉があります。ほとんどの方は一度は耳にしたことがあるでしょう。これは戦前まであった日本の相続制度で現在の均分相続制度とは対照的なものでした。一般的に長男が家督を継ぐことが多かったことから、長男単独相続制などとも呼ばれています。
 この制度の下では「家」というものがとても大切にされていました。家とは家屋という建物のことではなく、祖先から累代的に続いている「○○家」という言わば家名のことです。そこでは戸主と呼ばれる一家の長を中心に家族全体が家を守り、それを子孫に伝えることが全てに優先されるようになっていました。
そのため戸主にはとても大きな権限が与えられていて、何をするにもその人の許しが必要であったわけです。しかし半面その家に属するものを守り導くべき義務が課されており、何事も戸主の責任において行う必要がありました。その権限と義務とが家督といわれ、それを相続するから「家督相続」というわけです。このように権利義務総てを引き継ぐわけですから、その家に属する全財産も当然引き継いだわけで
す。

2.戸主になるにのはどのような人かというと、まず現戸主の子や子孫といった縦の系列であること、女よりも男を優先させる、兄弟の中でも年長者を先にすると決められており、それを順に追っていくと長男のところにたどり着きます。
それ故に「家の跡取り」として大事にされたのに対し、次男三男は部屋住みなどと言ってあまり重要視されませんでした。女子にあっては人格の尊厳など認められない大変な時代であったわけです。
それがなんとわずか60年ほどまえまで続いていたわけですから、日本の近代化というのもそれほど昔の話ではないわけですね。


3.それがなぜ現在の均分相続制に変わったのでしょうか。
第二次世界大戦をポツダム宣言受諾という形で迎えた日本は、連合国総司令部(GHQ)の指揮の下で戦後処理が行われました。まず最初に手をつけたのが憲法の改正です。古い体質を排除した新しい憲法は「国民主権主義・永久平和主義・基本的人権尊重主義」の三つの柱を基本に据えて、近代民主国家へと生まれ変わったわけです。
そうなると旧憲法下で制定されていた各種法律に、様々な矛盾点が生じてきます。憲法は総ての方の頂点に立っていることから、それに反する規定は改正されなければなりません。そこで民法においては親族編相続編が全面的に書き改められ、戸主権に象徴される家制度つまりは長男だけが家督を引き継ぐという身分相続制が廃止され、相続は財産相続に限る、しかも兄弟姉妹は平等に相続権を持つという共同相続=均分相続がとられることになりました。


4.家督相続制度が取られていた時代には、遺産相続争いということは考えられませんでした。長男が一人で全部を引き継ぐわけですから、他のものに不満はあっても権利がなく、これで総てが落着したのです。子が親の財産を公平に相続できるという民主的な制度になったが故に、相続争いという新たな問題が発生してきたことは事実ですが、それは親が遺言で財産分けをしておくことにより、十分解消できることなのです。やはり均分相続制は歓迎すべき制度であると言えるでしょう。