自筆証書遺言と公正証書遺言(8)

    遺留分請求②

 前回は遺留分の話だったが、もしこれを残さなかった場合にはどうなるの?
   遺留分を残さなければ、それでも構わない。つまり、遺留分というのは、妻や子供など一定の相続人に、残しておくべき相続財産の一部であることには間違いないのだが、それをしないで遺言書を作ってしまった場合でもそれはそれで有効なのさ。ただその場合、遺留分権利者から請求されると、その分だけは払わなければならない。
これを「遺留分減殺請求権」(いりゅうぶんげんさいせいきゅうけん)と言うんだね。
 ということは、権利を持っている相続人が遺留分減殺請求をしなければ、そのままで落ち着いてしまうってこと?
   そういうことになるね。遺留分減殺請求権と言って請求すれば義務者の同意を得る必要なく法的に実現されるという強い権利なのさ。但し、相続の発生と減殺すべき権利があることを知った時から1年以内に権利を行使しないといけない。
時効になってしまうんだな。もっとも、相続の発生を知っても知らなくても、相続開始の時から10年経過すると同じく権利がなくなってしまうんだね。両方とも要注意だ。
 どうやって請求すればいいの?
   特に問題がない場合には口頭で言っても、手紙でもよいけど、後になって聞いたとか聞かないとか、手紙なんか受け取ってないとか問題が起きることが予想される場合には、証拠力の強い内容証明郵便などを用いるといいね。
   内容証明郵便ってな~に?
   内容証明郵便というのは、「誰が・いつ・どんな内容の郵便を・誰に送ったのか」を郵便局が証明してくれるという特殊な郵便なのさ。このような手紙で遺留分減殺請求をしておくと、はっきりした証拠が残り権利を保護されることになるんだな。
   そんな便利な制度があるんだ~!
   この内容証明郵便は遺留分減殺請求に限られたものではないんだ。日常生活の中で権利義務の関係を明確にしたり、相手方に一定の請求をしたことの証拠をのこしておいたり、必要な回答を求めたりする場合などにもよく利用されているんだな。相手方に心理的にプレッシャーをかける意味でも使われることもあるね。
例えば、お金を貸していて、何度支払い催促をしても取り合わなかったものが、内容証明郵便で請求した途端に支払ったとか、支払わないまでも、もう少し待ってほしいとか、何とか減額してもらえないか等の応答がなされることが多いんだな。裁判になった時の証拠能力としてもとても高い評価が得られるんだ。知っておくと利用価値は十分あるね。
 なるほど。その他に注意すべき事って何かあるの?
   基本的にはそんなところでいいかな。しかし敢えて加えるとすれば、残された家族の生活実態をよ考慮して配分することも大事だね。例えば、働く意欲はあっても、病弱で十分な収入が得られない人がいればその人が生きられるように配慮しておくなども大切だ。また、日頃家族に話していたことと遺言の内容は一致させるようにしておくことも大切だ。
普段は「家は長男にあげる」と言っておきながら、遺言書を見たら「次男に相続させる」なんて書いてあるとたちまちトラブルの原因になること間違いなしだね。さて、それでは、いよいよ本文に入ってみようか。まず表題に「遺言書」と明確に書くといいね。つまりこの文書は単なる日記やメモ帳と違うのだということを明確に表示し、誰が見てもすぐに遺言書であることが分かるようにしておく方がいい。発見した人も心して扱うことになるし、また、そう書くことで遺言者本人の自覚も高まり慎重に作成することができるんだな。

 

 解説
   
  
自筆遺言書の落とし穴
1.  つい先日のこと、同一人が書いたとされる2通の自筆証書遺言の真偽をめぐる事件で、最高裁判所から興味深い判決が出されました。或いは、皆様の中でも、テレビ、新聞等のニュースを通じてご存じのかたも多いのではないかと思われますが時宜を得た事件でもありますので、今回はこれを取り上げて見ることにいたします。


2.  まず、事の次第を時系列に沿ってまとめてみましょう。これは関西地方にある、日本でも有名な老舗カバン製造会社の相続をめぐる問題です。この会社は明治時代に創業されて、三代目の会長になられた方が1997年12月12日付けで自筆証書遺言を残し、会社の顧問弁護士に預けておきました。この会長が2001年3月に逝去されましたので、早速遺言書が開封された結果、会社の経営権を三男夫婦に相続させるという内容のものでした。(ここでは便宜上この遺言を、「第1の遺言書」として表記することにいたします。)  

3.  ところが、この遺言書の開封から4カ月後の7月に、長男が自分も父から生前に預かったという別の遺言書を提出しました。これは2003年3月9日付けで作成されたもので、内容は前の遺言とは裏腹に会社の経営権を長男に与えるというものでありました。つまり内容の全く矛盾する二つの遺言書が出てきたことになります。(これを「第2の遺言書」と表記することにしましょう。)
民法の規定からいえば日付の新しい方が優先されることになり、長男提出の「第2の遺言」が有効ということになります。しかし、三男がそれを不服として、「第2の遺言書」の真偽をめぐって無効確認訴訟を提起したわけです。

4.  この訴訟は最高裁判所まで持ち越された結果、「(「第2の遺言書」が)無効と言える十分な証拠がない。」として3男の敗訴が確定しました。そこで、今度は三男の妻が改めて「第2の遺言書」の無効確認を求めて訴訟を提起したのです。その結果、地裁の一審判決では三男の妻が敗訴しましたが、高裁では一審判決を取り消し、「第2の遺言書」は偽造で無効であるとの逆転判決が出されました。これに対し、今度は長男がその判決を不服として最高裁へ上告したのです。その結果、最高裁判所は2009年6月23日に高等裁判所の判決を支持して、「第2の遺言書」の無効を言い渡したのです。

5.  この事件ではいくつかの教訓を得ることができます。まず、自筆証書遺言というのは常に偽造・変造・紛失の危険にさらされているということです。これがもし公正証書遺言であったらどうなっていたでしょうか。公証役場に原本が保管されているため、たとえ偽造されたものが出てきてもすぐにその真偽の証明が立つことになります。無論、公正証書遺言を自筆証書遺言で書き換えることも不可能ではありません。しかし、よほどの事情がない限りそうすることは不自然であり、疑う余地を払拭することはできません。
次に、三男が提出した「第1の遺言書」は巻紙に毛筆で書かれ実印が押捺されていたのに対し、長男提出の「第2の遺言書」は、便箋にボールペンで書かれ他の印鑑が押してありました。もとより、紙の質や印鑑が実印かどうかは遺言の優劣に関係ありません。しかし、それを書いた時の思い入れなどを勘案すると、判定に迷ったときなどには「巻紙・毛筆書き・実印」と「便箋・ボールペン・普通の印」とでは心証としては前者に軍配を上げたくなるのが人間の心理ではないでしょうか。ともあれ、多少は費用はかかっても、遺言は公正証書で作成する方が安全ですね